成田山新勝寺

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成田山新勝寺

成田山新勝寺

成田山新勝寺(なりたさん しんしょうじ)は、日本の千葉県成田市成田にある真言宗智山派の仏教寺院であり、同派の大本山の一つ。

参詣者数において関東地方屈指の寺です。
今も昔も加持祈祷のために訪れる人が多い成田山新勝寺。
初詣では300万人を越える人が訪れます。社寺としては、明治神宮に次ぐ全国第2位(千葉県内第1位)、寺院に限れば全国第1位の参拝客数を誇ります。

開山は平安時代中期の天慶3年(940年)と伝えられておりますので、今年2019年で1079年の歴史を持つお寺です。

各季節で様々なイベントも行われており常に賑やかな場所。節分では著名人の豆まきがテレビ中継され、全国的にも有名と言えます。

 

成田山新勝寺

歴史

939(天慶2)年関東の武将・平将門が新皇と名乗り朝廷と敵対、平将門の乱が勃発します。乱世の中で人びとは、不安と混乱の中で生活していました。

寛朝大僧正は、弘法大師空海みずからが敬刻開眼した不動明王を捧持して京の都を出発。大坂から船に乗り、房総半島の尾垂ヶ浜に上陸します。

寛朝大僧正は、成田の地に御尊像を奉安し、御護摩を焚いて乱の21日間戦乱が鎮まるようにと祈願します。祈願最後の日、平将門が敗北して関東の地に再び平和が訪れます。

寛朝大僧正が都へ帰ろうとしたところ、御尊像が磐石のごとく動かず、この地に留まるよう告げます。ここに成田山新勝寺が開山されました。

成田山新勝寺

歌舞伎

歌舞伎役者の市川團十郎丈が成田不動に帰依し成田屋の屋号を名乗り、不動明王が登場する芝居を打ったこともあいまって、成田不動は庶民の信仰を集めました。

現代においても、十二代目市川團十郎丈や市川海老蔵丈が成田山の不動明王に深く帰依し、昔と変わらず成田屋の屋号を名乗って、伝統芸能である歌舞伎の技を守り続けています。

不動明王が登場する芝居を打ったことなどもあいまって、成田不動は庶民の信仰を集め、成田参詣が盛んとなりました。

境内

境内は広く、新旧の様々な伽藍が立ち並び、庶民の信仰の場の雰囲気を残している。江戸中期〜末期の建築である仁王門、三重塔、釈迦堂、額堂、光明堂の5棟が国の重要文化財に指定されています。

石段の途中に仁王門、石段を上った先の正面に大本堂、その手前右手に三重塔、鐘楼、一切経蔵などが建っています。この他、大本堂の左手に釈迦堂、大本堂背後の一段高くなった地には額堂、光明堂、開山堂、平和の大塔などが建ち、境内の東側は広大な成田山公園になっています。

参道

成田駅からとても近く歩いてわずか約13分の距離ですがぜひとも楽しみたいのが参道。新勝寺までの道は場所によって両側に古い建物がずらりと並ぶ光景は、まるで江戸の町を歩いているようで、思わず足を止めてしまいます。

参道の途中には成田山の旧本堂となる「薬師堂」があります。明暦元年(1655年)に建立され、水戸光圀公も参拝した由緒ある場所で成田山最古の建築物となります。

住所:千葉県成田市成田1-1
電話番号:0476-22-2111
アクセス:成田駅下車徒歩約13分

成田山公園

成田山公園は昭和3年(1928年)に完成し新勝寺大本堂の裏の丘陵地を利用した16万5000平方メートルの大庭園です。

約350本の桜は、開花時期になると公園の池にその美しい姿を映し出します。訪れる花見客を喜ばせてくれます。園内には桜のほか、梅、ツツジ、サツキ、モミジなどが多数植えられ四季折々の花を楽しめます。

また、紅梅や白梅が約460本あります。毎年梅まつりが開かれ、土曜日、日曜日、祝日には邦楽の演奏が行われたり、お茶会や甘酒の接待があります。